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時間を刻む音

我が家の朝は慌ただしい。外気が光を帯び、窓から明るく日が差し込む頃、時計の針は"カチッカチッ"と、まるで起きることを急かすような音をたてて時間を刻んでいる。寝る前の静けさの中、時計は"カチッカチッ"と時間を刻む。まるで眠ることまで急かされているようだ。

小さい頃から、時計の秒針の音が嫌いというほどでもないがあまり好きではなかった。秒針が動くたびに聞こえる"カチッカチッ"という、 無表情な音は、時間がなくなっていくような、過去の時間を切っていくような、焦りや刹那さを感じる音に聞こえていた。

過去を切ることはできない

オトナになって、子供が生まれて、仕事や子育てや家事など、やるべきことが多くなった。休日は子ども達と遊んでいたいし、買い物や掃除など、ヨメさんの手伝いもしたい。若い頃に比べると、自分勝手な時間を過ごすことが極端に減った。

かと言って、自分の好きなことをする時間が減ったという感じはない。自分がやりたいコト、したいコトをその都度判断し、積み重ね作り上げてきた結果が、家族であり、家庭という環境である。「家庭があると好きなことができない」という手垢のついたような言い回しがあるが、自分が好き好んで積み上げてきた環境に文句を言うなんて、自分が生きてきた時間を全否定しているようで、みっともない。

「作り上げてきた環境がイメージと違う、こんなはずじゃなかった」と"カチッカチッ"と過去を切りたがる人もいる。好きなことを積み重ねてきた時間は、そんなに簡単には切ることができない。その大切な時間は、自分の中に永遠に流れていく。どんなに逃げても、自分自身からは逃げることはできない。

積み重ねるものと流れるもの

積み重ねるのは"経験"だ。時間は"流れる"ものだ。時間は自然の摂理に従って流れる。その人の感情や環境によっては、時にゆっくり、時に急かされ、時に止まったように感じる。その時間の中で、好きなコト、やりたいコトをして、その経験は積み重ねられ、失敗したり、成功したり、傷ついたり、喜んだりして、知識と知恵をまとって人は成長していく。そうやって時間は流れていくものなのだ。

「時間がない」という概念は、短いスパンの区切りを目標として考えるからだ。締め切りや約束の時間などの区切りを目指して"カチッカチッ"と忙しなく生きる。その区切りまでの道筋しか見えていない状況。此れでは、区切りに到着すると「次の区切りは何処だ」なんて考えてしまったり「何処へ行けばいいのか」と迷ってしまう。川の流れに身を任せる落ち葉は、流れに身を任せつつも、うまく岩を避け、谷を落ちていく。人生という壮大な時間の流れに乗り、次の谷のことを考えつつ、目先の岩をクリアしていく。常に次の区切り考え、スムーズに時間の流れにうまく乗る。この時間の流れをイメージできると、次のコト、その次のコトがイメージでき、準備もできるようになる。そうなるとスキマ時間を有効に過ごせるし、「時間がない」という概念が意識からなくすことができる。

素晴らしく静かな朝

昨日、秒針が"カチッカチッ"としない"スー"と動く時計にした。時間がなくなる音ではなく、時間が溜まっていくような時間の流れを感じる時計だ。
誰も起きていない静かな朝。普段は慌ただしく忙しい朝の時間が、少しだけゆっくりとした時間に変わった気がする。落ち着いて朝の準備ができる。今日のスケジュールをイメージする。明日のスケジュールが見えてきた、子ども達が寝息を立てている。この子達の5年後、10年後をイメージしてみる。

時間の流れを意識したボクの秒針は、もう"カチッカチッ"という音がしない。
時間が溜まっていく。時間は流れている。焦りはない。今、自分ができるコト、地に足つけて生きるコトを考える。

さぁ、ヨメさんと子ども達が起きてきた。とても素晴らしい朝を迎えることができた。

人生を大切にしたいなら時間を無駄使いしてはいけない。
人生は時間によってできているのだから。

- ベンジャミン・フランクリン -

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